And Reframing Things

物事を自分の角度から見るブログ

朝、目覚めたときに思うこと・・・。「まだある・・・。」

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いまだに朝おきたときに思う、「まだ有る・・・。」という感覚。

子供の頃から不思議だった。最初から何も『無』ければいいのに、

『有る』。

ずっと夢の中で過ごせればいいのに、なぜか目覚めてしまうのだ。

またいつもの『現実』とやらがはじまる。

いつもどおり朝ごはん食べて、会社に行って、帰って寝る。

その繰り返し。

 

いつここから抜け出せるんだろう。

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絵:クオリア - Wikipediaより

 

1.なぜ『私』は『私』なのか。

朝起きると、いつもどおり、ベッドと布団が目の前にある。

昨日の記憶の途切れた場所で、目が覚める。

相変わらず『私』は『私』として起きる。

朝おきたら『北川景子』になっていたり『Gackt』になっていたりということは絶対にない。

相変わらず、○○県出身の△△□□(氏名)という人間として目が覚める。

そもそも『私』が『私』であるとどうやって『判断』しているであろう。

 

五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)だ。

特に視覚と触覚だ。

 

自分の手や足、身体、鏡を見て、自分の顔。

自分の身体的特徴とこの身体を動かせるという『感覚』。

これが『私』が『私』だと思える『判断基準』だ。

 

朝おきたら突然『北川景子』の見るもの聞くもの全てを感じ、

『北川景子』の身体を動かす、というようなことはこれまで1回も起きたことはない。

相変わらず『私』は『私』のままだ。

○○県出身の血液型はxx型。身長yyycm。体重zzkgの△△□□(氏名)という人に過ぎない。

『私』は可愛くて性格悪い『あの子』でもイケメンの『あいつ』でもよかったはずなのに

なぜか『私』は『私』である。

 

2.空の色はだれが見ても青色か。

『私』は空を見て、『青い』ね、という。

となりにいた君も『青い』ね、とそう返す。

言葉はかみ合う。同じものを見ているから。

しかし、君の見る『青』と私の見る『青』、色は同じだろうか。

 

あなたには『青空』の色はこんな風に見える。

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これが『青』だ。どう見ても『青』だ。

 

しかし、わたしには、青空はこういう色に見えているかもしれない。

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それでも『青いね』という会話はかみ合ってしまう。

なぜなら、『きみの青=私の赤』なのだから。

 

きみは青空をみて青いという。

わたしはきみの中では赤い空となる青空をみて青いという。

感じる色がちがっても、言葉が同じなら会話になる。

どこまでも『私』は『私』の感じ方から抜け出すことができない。

この『感じ』のことを『クオリア』というらしい。

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3.『死』ねば『クオリア』は無くなるか。

実はあなたは世界最高の技術を持つVR(バーチャルリアリティ)の技術者であり、

かつ、天才脳外科医であったとしよう。

あなたは現実としか思えないVRを創りだすことができ、

視覚だけでなく聴覚・嗅覚・味覚・触覚を感じさせることができる。

また、人間の脳に電流を流すことで、記憶と意識の改ざんをすることができる。

 

この技術を使って、被験者に少しイタズラをしてみよう。

VRを使って映し出す世界は、地球と呼ばれる星の日本という国の中の

○○県という場所にいる△△□□(氏名)という人間の日常だ。

△△□□(氏名)は日本という国に生まれ、

問題なく小学校・中学校・高校・大学と進学し、

以後、無事就職もでき、今日まで真面目に働いている会社員だ。

しかし、その働く毎日がとにかく退屈で味気ない。

給料も安く、労働時間も長いため、生活がつらい。

でも、うかつに転職しようにもそもそも就職先がほとんどない。

常時募集しているところといえば『ブラック企業』と呼ばれる、

今よりもっとつらい生活となるところばかりだ。

次第にこのVRを見せられている被験者は苦痛のあまり『死にたい』と考えるようになる。

そういう設定にされている。

さて、被験者は苦痛のあまりVRの中で自害してしまった。

天才脳外科医であるあなたはそこで被験者の脳に電流を流し、記憶を改ざんする。

被験者が自害するほんの数分前に戻し、

脳内に微量のエンドルフィンを投与、VR中で自害をさせないようにして、

また同じ生活を続けさせる。同じVRを見せ続ける。

被験者はこのVRから抜け出すことができない。

 

今目の前に見えているもの、感じるもの。

『物質』が先にあって『クオリア』が生まれたのか、

『クオリア』が先にあって『物質』があるように感じるのか。

どちらが真実かは知りようがない。

『死』によって『クオリア』が滅失するとは言い切れない。

 

もしかしたら、ここがVRだと気づいた者の目の前には、Mr.Smithが出現。

映画マトリックスのように再びVRに戻される、そんな世界かもしれない。

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4.『救い』はあるか。

この世がバーチャルであることなど2500年前にすでにお釈迦様が見抜いておりました。

生きること、老いること、病気すること、死ぬこと、ぜんぶ苦痛に過ぎない。

人生なんて刹那移り変わり行くものなんだよと。

よって、お釈迦様はわたしたちに対して、こうすれば苦痛から逃れられますよと説きました。

 

「執着を捨てなさい」

 

意味がわからない。

流行りの言葉でいうと「ミニマリストになりなさい。」

みたいな感じですね、たぶんね。

 

どうやったら日々のこの鈍い苦痛から、毎日の辛いことから逃れられるか。

ググってもこういう質問の答えは一切でてきません。

わたしなりの回答は『人生は巨大な実験場だ。』ということ。

△△□□という一『私』の『クオリア』をただひたすら体験すること。

『苦痛』もまた『私』として生きる上でのひとつの『クオリア』に過ぎないということ。

世の流れが早すぎて、確実なものは何一つなくて、安息地など一切ない。

一寸先は闇の世界を切り開いていく、『不可解』な、『私』だけの人生を

『体験』し続けていく、『冒険』し続けていく実験場なんだと。

 

どうせ他人の『クオリア』など体験できないのであるから、

他人からみる『私』の人生の醜美なんか気にしなくていいのです。

そう思えば少しは気持ちが楽になる。

どこまでも『私』。『私』だけの『クオリア』を体験し尽くして参りましょう。

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